【建築と私】伊藤 茉莉子|前編「ル・コルビュジェ建築に泊まる」

新企画「建築と私」。株式会社KITIのメンバーそれぞれの建築観に焦点を当てるシリーズです。第1回は、設計士の伊藤茉莉子の物語をお届けします。

伊藤 茉莉子(いとう まりこ)
日本大学生産工学部建築工学科を卒業後、約10年にわたり谷内田章夫/ワークショップ(現:エアリアル)で実務経験を積み、KITI一級建築士事務所を主催。その後、Camp Design inc.の共同主宰を経て、2022年に株式会社KITIに参画。会津大学短期大学部で非常勤講師としても活動している。

世界の名作椅子に囲まれて。私の建築観の原点

私の建築観の基礎が培われたのは、大学時代に所属したユニークな研究室。著名な建築家である宮脇檀氏が創設した研究室で、その特異性は製図室の設えにも如実に表れていました。

課題発表を行っていたのは、製図室の中心の大きなテーブル。それを囲んでいたのは宮脇先生が所有されていた物や、研究費で少しづつ買い足していった世界の名作椅子で、ミハエル・トーネットのベントウッドチェア、ハンス J. ウェグナーのYチェア、マルセル・ブロイヤーのワシリーチェア、ジオ・ポンティのスーパーレジェーなど、20脚以上も並んでいました。

ミハエル・トーネット社の「ベントウッドチェア」

ハンス J. ウェグナーの「Yチェア」

マルセル・ブロイヤーの「ワシリーチェア」

ジオ・ポンティの「スーパーレジェー」

実際の製図室のテーブルです。著名なデザイナーの椅子が並んでいました。

製図室には、特任教授である中村好文氏設計のキッチンまで。照明もルイスポールセン 、フランクロイドライト、フィリップスタルクなど世界的に有名な建築家やデザイナーによるもので、まるでギャラリーのような空間です。

ただし、これらは“豪華さ・贅沢さ”を示すものではなく、“使うことで本物を知れ”という先生の教えからきたもの。椅子や机からは寸法や素材を、キッチンからは動線や収納、人体寸法を……と実際に使用することで体得するという狙いがあったのです。

入学時には既に宮脇先生は他界されていましたが、多くの著名な建築家が非常勤講師として指導にあたるという贅沢な環境でした。

「良い宿に泊まれ」建築を学ぶものへの教え

年に一度の研修旅行も、この研究室の特徴的な教育方法の一つ。さまざまな有名建築を見学する機会があり、非常勤講師の先生方も喜んで同行してくださいました。

特に印象的だったのは、先生方が口を揃えて仰っていた言葉です。

――旅をするときは、どんなにお金がなくても必死にアルバイトをして、良い建築、良い宿に泊まること。

この教えに従い、研修旅行では世界を旅する先生方が太鼓判を押すホテルに宿泊。ルームメートと共に夜遅くまで実測とスケッチに没頭したのは、今でも鮮明な思い出として心に残っています。

泊まれるル・コルビュジェ建築
ラ・トゥーレット修道院

社会人になってからは、後輩たちの研究室の海外研修に同行する機会も。ル・コルビュジェ設計のラ・トゥーレット修道院に宿泊したときは、建築を「体験する」ことの重要性を改めて実感しました。

朝もやの中、静かで少し肌寒い時間帯に歩いた、ラ・トゥーレット修道院。幻想的で、数時間の見学では得られない感動がありました。

修道院という極めてミニマルな空間のスケール感。そして時間とともに変化する光の様子など、滞在しなければ感じ取れない、絶妙な空間の質を体感できたのです。

図面だけでは読み取れない
ユニテ・ダビタシオンでの新たな発見

ユニテ・ダビタシオンに宿泊した際は、私自身が設計事務所で集合住宅の設計経験があったこともあり、より専門的な視点で空間を観察できたと思います。

共用部の設計手法、家具の素材や寸法、窓の大きさ、光の取り入れ方……。図面だけでは読み取れないスケール感を、必死に体に叩き込みました。

これらの貴重な体験を通じて、学生時代から言われ続けてきた「良い建築、良い宿に泊まる」ことの重要性を、ようやく身をもって理解することができました。

つまり、建築は図面や写真だけでなく、実際に体験することで初めてその本質を理解できるのだと、深く納得したのです。

後編はこちら:【建築と私】伊藤 茉莉子|後編「ルイス・カーン建築を巡る旅」